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はっきり言おう

 

誰もずっと良い状態が続くわけではないのだ、そんなの、すごく当たり前のこと

だから、落ち込む時間は短い方が良い、すぐに改善点を見つけた方が良い、自分を見つめる時間と、これからの自分をどう作り上げていくのか考える時間、両方あった方が良い

強い方が良い、でも、弱さを見せられる環境があった方が良い、そして自分の強い部分と、弱い部分と、弱い部分をさらけ出せる環境、環境を作ってきた自分を、愛した方が良い

強さは確かに強い、でも、弱さは受け入れてしまえばもっと強くなる場合がある、その仕組みを理解した方が良い

たくさん笑った方が良い、幸せのアドレナリンが出るし笑ってると人が寄ってくる、でも泣きたいときは泣いた方が良い、グッとこらえなくちゃいけない場面もあるが、怒りたいときだって怒った方が良い、どの表情も愛してくれる人がいるということに誇りを持った方が良い

お金持ちの方が良い、余裕がある方が良い、でも、思いやりと溢れ出るほどの愛情があれば、お金がなくても良い

 

 

学生は勉強、大人は働き、大学4年生は就活、夫は家庭を養い、妻は育児と家事、

みんながもっと自由に生きられたら、みんながもっともっと生きやすくなるのになあ〜こうでなくちゃだめ、ああでなくちゃだめ、なんてぜーんぶ捨てよ〜!世界は思ってるよりずっとずっと広いのに、なんか勿体無いなあ、生きにくなあ

 

なんてね

 

 

 

 

 

冷たい風もなく、ポカポカ陽気、春の匂い。

 

時間が過ぎるのは、あっという間だ。もういつの間にか春になってしまった。街は、入学式へ向かう胸を高まらせた新一年生、ピシッと新しいスーツに身を包んだ新社会人。緑の葉が出始めた梅の木、散り始めた桜、暖かい日差し。春は、別れの季節、出会いの季節、そして新しい季節だ。

 

 

巡り巡り変わっていくこと、変わらないこと、色々あるけれど、いつでも納得のいく決断が出来る自分でいたい。私、頑張ってよかったな、と思うことがあった、でもそれは、またこれからもっともっと頑張らなくてはいけないこと。

新しい環境、新しい経験、新しい自分、でも、いつまでもきみはきみのままでいてね

 

 

そう思った春、

私は社会人3年目に入り、昇進した。お祝いで好きな人とケーキを食べた。相変わらず好きな人と生活していて、毎日キラキラ輝いていたり、トキメキがあったり、とは少し違うけど。それは、そうだなあ、暖かい、懐かしいような新しいような、安心感があるような、春と似ている生活。

 

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カラスなぜ鳴く(泣く)の?

 

このような冒頭のうたがある。

私がカラスだったら、放っておいてほしいものだ。

 

いつからか、泣いたら負けだと思いがちで、泣いてるときは一人でしくしく泣きたいと思うようになった。

理由はいくつかあるけれど、1番の理由は、涙が溢れでているときは、理性が感情に負け、言葉も上手く出てこないし、自分以外のことは大抵考える余裕がないし、もう、いっぱいいっぱいになってしまうからだ。

だから、なぜなくの?なんて聞いてこないでほしい。

 

しかしとんでもなく捻くれた生き物で、見て見ぬふりをされるととても悲しい。

泣く という行為は、言葉と同じくらい、いやそれ以上の感情表現になるからだ。

 

 

じゃあ、どうすればいいの?

と聞かれても、困ったことに、自分ではわからない。

 

この世には、正解なんてなく、どうしようもないことがたくさんある。その中の一つが、人の心と、心の動きなのでは と思う。

 

日々いやだなあと思うこと、深く傷つくこと、フツフツと湧き出てくる怒り、全部行き場のない、どうしようもないものたちだから、そっとゴミ箱に捨てられたらいいな

 

ちなみに、泣くことと怒ることは、とてもよく似ている。

 

 

 

 

 

尾崎豊が流れるキッチンから包丁の

トントントン

という軽快な音が聞こえる。

 

最近の私は、こたつの中で春を待っているばかりだ。

トイレ以外、こたつから出たくない。

モチベーションが上がっているときに申し込んだユーキャンのボールペン字講座だって、開くのさえ億劫で仕方ない。

何もやる気が起きない、ただただ眠って起きて、うーん、そうだなあ、生きてるというよりも、息をしてるという感じかなあ。

 

あ、このままだと腐っていく、錆び切って、若さなんてなくなって、残るのは虚しさと老い。

って思うけど、あ〜好きな人がいれば平気かな〜なんて思い直せるくらいの現状です

 

 

こんな季節もあるよ

 

 

 

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本当は、

マシュマロが乗った可愛らしいココアが飲みたかった。

 

某コーヒーショップに入って温かい飲み物を頼もうとしたら、

冬季限定であろうカフェ・ショコラという美味しそうなココアの看板が。

並んでる人は、私の前に一人、そして私の後ろに二人。

普段注文するとき、

目の前にいる店員さんを待たせてはいけない…

はやく注文しないと列が伸びてしまう…

と思い、メニュー表を見て、焦る焦る。

しかし今日という日は、もう注文するものが決まっているのだ…勝ったも同然、この勝負…!(勝負でもないものを勝手に勝負事にしたがる)

なんて思っていたら私の注文をとろうとする店員さん。

メニュー表も見ず、なぜか少し誇らしげに、

「カフェ・ショコラのSサイズください」

と一言。

「340円です」

ポケットから550円を出す、ついでにメニュー表に目をやった。

もちろん冬季限定であろうカフェ・ショコラの写真は大きく載せられていた。

そこまでは良かった、とても良かった、そこまでは。

 

その数秒後、愕然とした。

 

注文したカフェ・ショコラの隣には、ココアの上に複数のマシュマロが乗っているマシュマロ・ショコラの写真と文字が。

 

メニュー表なんて見なきゃ良かった・・・

 

まだ作り出す前だったため、今なら変更することも可能だったが

店員さんのレジを打ち直す手間、数秒のタイムロス、そして後ろに並ぶお客さんたちが苛立つことをを想像したら、

呑気に

「やっぱりマシュマロ・ショコラで…」

なんて言えなかった。

 

結局その日は、誇らしげに頼んだカフェ・ショコラをのんだ。美味しかった。

 

 

 

それにしても、周りの目が気になる。

 

私は、ずっと、もっと自分はできた人間だと思っていた。

人一倍優しく、責任感もあり、なんでも器用にこなす・・・・

そんな人間だったはずなのだ

いや、今考えてみれば、そう思い込んでいたのかもしれない。

本当は ギターだってもっと上手に弾けたはずだし、

もっと面白い歌が作れたはずだし、

もっと綺麗な絵が描けたはずだし、

もっと人を引き込むような文章が書けたはずだし、

私はもっと面白く生きていくつもりだった。

 

だけど、

いつでも誰にでも優しくなんてできない、嫌いな人だっている、

楽な方ばっかり考えて、適当に、なんとかやっている、

自分の、ギターも歌も絵も文章も、あるとき突然つまらない退屈なものに思えた。

 

でも、そのとき私は、悲しくなんてなかった、

むしろ安心したのだ。

 

私は普通の19歳の女の子なんだ、

特別可愛くなくても、面白くなくても、なにも出来なくても、

幸せになれるんだ、普通の、正常な、幸せを感じられる心があるのだから。と

 

 

その日から、ステージ上で叫んだり走り回ったり頑張ったり、

同世代のシンガーソングライター、美大生、アートワーク、趣味:カメラ、被写体などのネットストーカーをしたり、

電車のなかで鼻にティッシュをつめたり、冷えピタを貼って外にでたり、風鈴を持ち歩いたり、

そういう日常がぱったりなくなった。

 

 

周りの目をきにして、迷惑にならないように、

相手のためになるように、愛する人を真っ直ぐ愛し、愛され、

小さな幸せから大きな幸せまで、きちんと感じられるようになった。

 

常識というものが存在するくらいなのだから、

周りの目を気にすることは、普通のことだろう。

私はこれから、そうやって生きていくし、その度、普通の女の子なんだ と安心するのだろう。

 

 

自分自身に自信を失ってしまったようだけれど、

今もこれからも、ずっと幸せでい続けられる自信だけはある。

 

 

これは、十分普通じゃないのかもそれない・・・・