幸せに定義なんてあるのだろうか

 

 

 

幸せは誰かがくれるものでもないし、掴むものでもない、自ら幸せを感じる心を作り出すのものだ。だから、自分の幸せは自分でしか作れないし、自分でしか守れない。疲れたら少し休もう、温かいココアでも飲んで心の声に耳を澄まし、ゆっくり向き合えば良い。うん、きっと大丈夫

 

 

私はいつだって心が豊かであってほしい。心だけは自由でいてほしい。心は素直で良いのだから

 

 

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寝る前の一言

寝言は拾ってね

そしておはようのキス

二人の生活

終わりがこないように

毎日お祈りしてるの

 

壊れないように優しくしてね

壊れてもいいよ全部あげるよ

 

 

〜〜〜〜がんばろう

 

 

 

 

 

 

ぼくの時間

 

 

深夜2時

 

頭より少し上の位置にある輪っかに手を伸ばす。

 

 

 

 

何をしても生きている心地がしない。

 

いつからだったかも、もうよく覚えていない。四角い部屋にずっと一人きり。寂しさなんてとっくにどこかへ置いてきてしまった。持ち合わせているのは、この家と残された両親の財産、そして使いものにならないこの命。味気ない というよりももっとこう、味なんて存在していない、色も形もない、空っぽのような毎日。それが過ぎていくのをただただ待っている。不思議なんだ、気がついたら今日が明日になっていて、でも心境も環境も何も変わらないから、自分だけが昨日のままで時に置いていかれてるような感覚。それなのにやっぱり時間の流れに自分は取り巻かれていて、ちゃんと今日を生きている。

 

何もしてないのに進んでいく。僕はあの日からちっとも前に進めてないのに、時間を始め、この家で命を絶った両親や、幼馴染み、好きだった女の子、陰口を叩かれたあいつや、心のどこかで馬鹿にしてたあいつでさえも、どんどん進んでいった。僕はここでずっと止まったままで、時間と現実に置いてかれて、毎日ゲームをしている。

 

 

輪っかに顔を通す。

 

 

 

 

 

僕は、僕は、どうしてこうなってしまったのだろう。この部屋にはまだ学生時代の制服が綺麗にかけられている。新学期になる都度、母さんがクリーニングに出してくれていたっけ。あの頃は、はやく大人になりたかった。僕はこんな馬鹿げたクラスメイトとは違う、立派な大人になるんだとそう思っていた。僕は、僕は、どうしてこうなってしまったのだろう。僕はちゃんと大人になれたのだろうか。僕は今いくつなのだろう。僕の両親の顔はどんなだっただろう。僕は何がしたいのだろう。僕は何になりたいのだろう。僕は一体誰なのだろう。僕は、僕は、どうしてこうなってしまったのだろう。

 

 

乗っていた椅子から飛び降りようとした。

 

 

 

 

 

午前5時

カーテンの隙間から、太陽の光が射しこんできた。

 

朝になってしまった。僕は食べかけのポテトチップスに手を伸ばす。もう2日も眠っていないような気がする。ベットに寝転んで数秒後、深い眠りについた。

 

 

彼はまた、いつもと同じ朝を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳梗塞に5回なったおじいさんに会った。「普通は3回で死ぬんだけどね〜」微笑みながら、しみじみと私に言った。おじいさんは80歳だと言う、とても元気な人だった。

 

帰り際に 「若さを大切にね」と言葉を残していったおじいさん。なぜだろう、少しだけ切ない気持ちになった。元気でね、おじいさん。

 

 

この前まで17歳だったのに、いつの間にかもう21歳だ。あれから4年も経って、来年になれば5年、気がつけば10年、20年…といくつもの季節をくぐって、簡単に時は過ぎていく。止めることも進めることも、掴めることも出来ないそれにどう向き合っていこう。若さはいずれなくなってしまう。

 

若さは自由だ、明らかに背負ってるものが少ない。体力や免疫力だけでなく未熟さや青さでさえも武器になる、何にでもなれるのだ。

私はこの武器を何に使おう。世界征服でもしようか。この国を変えようか。明日を変えようか。私自身を変えようか。

 

 

 

大人になってから何を思うだろう。

あの時こうしておけば良かった、もっと出来たはずだ、こんなはずじゃなかった、あの頃に戻ってもう一度やり直したい…こんなのってすごいかなしい

 

 

今あるどれだけの大切なものを大切にし続けるだろう。

どれだけのものを手放すだろう。

どれだけの新しいものに出会うだろう。

 

大切にするのも、手放すのも、掴むのも、自分のこの手だ。人生を決められるのも、この手かもしれない

 

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知ってること 知らないこと 知れないこと 知らない方が良いこと わかること わからないこと わかれないこと わからない方が良いこと 覚えてること 忘れちゃうこと 忘れた方が良いこと

 

どんな関係でもきっとずっとこの間にそれらは存在している

だから悲しくならなくて良いし、苦しくなる必要もないし、私は私のままで、君は君のままで、変わっていくことや変わってきたこと、本当の部分を、本当の部分だけを愛せたらいいね

 

 

 

毎日がどうでも良いなんて悲しい、光はあちらこちらに落ちてる

コンプレックスばかり気にして悲しい、苦しめるそれらは 本当は、本当に、ちっぽけで小さいほんの一部

 

全部 全部 全部 全部 全部 本当

だから、ちゃんと全部 全部 全部 全部 全部 見ないとねって思うなあ

 

 

 

 

 

 

パソコンで書いた途中の文章はある日突然消えた、2度も(数日にかけて書いていたら、ある日パソコンの電池が切れてしまっていた×2)

 

そして今は、お客様からいただいた苦い珈琲味の飴を食べている、にがい

 

 

私は部屋の大掃除をするとき、まず分類をする

いらないもの、いるもの、よく使うもの、あまり使わないもの、洋服、アクセサリー、ぬいぐるみ、ステーショナリー、、、使いやすいように。生活しやすいように。分類する

 

人の感情も心の中で、そうやって 使いやすいように、生活しやすいように、分類しているようなそんな気がして、そしたらとっても感情が使いやすくなって、生活しやすくなった

そうだな、心の中にそれぞれの感情のポケットがある、楽しい・嬉しいなど正の感情はもちろん、悲しい・寂しい・苦しいなどの負の感情にもそれぞれポケットが

なんとなく、感情を分類していく、分類の仕方はない、自由に、どんどんポケットに入れてく

正の感情は、なんとなく、なんとなーく誰かと共有したくなる、だからポケット入れても、すぐにちょっとずつ外へ出てって

反対に、負の感情はというと どんどん溜まっていく、そのうちいっぱいいっぱいになって、そしたら全てがいっぱいいっぱい。

もうダメだ。。なんか疲れたな。。私なんて。。とさらにどうしようもない、大きな大きな負の感情が襲ってくる、そしてポケットは壊れてしまう

 

そうなってしまったら、それ以上の正の感情やら出来事やら愛やらお金やらで治さなくてはいけない、でも悲しいことにこれらは簡単に手に入らないことが多い

 

しかし、

そもそも負の感情をいっぱいいっぱいに溜めなきゃ良いわけで、毎日ちょっとずつ消費さえしていけば、ポケットが壊れることはない

方法はたくさんある、好きな人に会う、美味しいものを食べる、面白い映画を見る、歌を歌う、絵を描く、美術館へ行く、写真を撮る、文章を書く、思いっきり泣く、思いっきり笑う、、、等 人それぞれだ

どれだけの人が自分にあった方法を見つけられているだろうか、もしかしたら少ないかもしれない、多いかもしれない

自分を見つめ直すことを絶対に諦めてはいけない な

 

 

生きにきくい生き方より生きやすい生き方をしていたいし、勉強は出来なくても上手に生きることは出来る

 

上手に生きるとはなんだろう、、うーーーんこれは、また今度